堺山之口商店街について

環濠都市と堺旧港

堺に人が定住し始めたのは、旧石器時代と言われています。市内の遺跡からは、約一万年前の石器や縄文時代の土器・石器、弥生時代の銅鐸などが発掘されています。四~五世紀には、ヤマト政権が成立しましたが、堺には仁徳天皇陵古墳をはじめとする百舌鳥古墳群が造られました。鎌倉時代には、漁港として発達しました。戦国時代になると、堺は対明貿易や南蛮貿易などを始め、海外との交流拠点として発展しました。当時の堺は戦乱から町を守るために、周囲に堀を巡らせた「環濠都市」を形成し、商人たちが自治的な都市運営を行なう自治都市として繁栄しました。堺山之口商店街は、その環濠都市の中に位置しています。

堺旧港1 堺旧港2

中世に海外貿易港として発展した堺港は、江戸時代に行なわれた大和川の付け替え工事により、港の機能が衰退しました。その後に築港・修理された港が現在の堺旧港の原型です。
近世になると、大浜公園を中心に、水族館・公会堂・料亭・海水浴場などが並ぶ「リゾート地」として賑わいましたが、台風や戦災、昭和三二年から着工された臨海工業地帯の造成により、昔の面影は失われました。

しかしながら、今でも現地には、日本最古の木造洋式灯台である旧堺燈台(国指定史跡)が残されています。

堺旧港3

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