与謝野晶子のふるさと

与謝野晶子について

1878年(明治11)12月7日当時の堺県甲斐町で和菓子商駿河屋を営む鳳宗七の三女として生まれました(本名:志よう)。幼い頃から「源氏物語」などの古典に親しみ、17歳頃から歌を詠み始め1901年(明治34)与謝野鉄幹のもとに上京するまで、青春時代を堺のまちで過ごしました。

与謝野晶子みだれがみ-02

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与謝野晶子歌集「ふるさとのうた」

ふるさとのうた-03

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晶子のふるさと山之口

与謝野晶子(鳳志よう)は一八七八年十二月七日、堺県堺区(現在の堺市堺区甲斐町)で、和菓子商「駿河屋」を営む鳳宗七の三女として生まれました。駿河屋は当時の紀州街道沿い―一九四五年の堺空襲後、西側に拡幅されたため、本当の生家跡は現在の紀州街道(大道筋)の上にあたります―にあり、堺山之口商店街から西へわずか一〇〇mのところです。現在は生家跡として、紀州街道の西沿いに、歌碑「海こひし潮の遠鳴りかぞへつヽ少女となりし父母の家」と、当時の駿河屋と大道筋の様子を描いた説明板が設置されています。

与謝野晶子のふるさと-03

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晶子の生家から近かった堺山之口商店街

堺市内で最も古い歴史と伝統を持つ堺山之口商店街。生家から近いこともあって晶子さんは少女時代、堺山之口商店街に親しみながら育ちました。現在、「晶子のふるさと山之口」をテーマに活性化に取り組んでいます。

与謝野晶子のふるさと-02

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